幼い頃の記憶は、砂粒のように少ない。





父さんと母さんがいなくなって、スナック「馬の耳」に引き取られて、そして・・・
それで今に至るのか、他に何かあったのか。

思い出そうとすれば、何か記憶の中に覆い隠され分からなくなる。
それが重要なのか、うちには分からなかった。

ピピピピピピピピピ・・・
時間遅れの目覚まし時計が鳴り響き、は目を覚ました。
「・・・またか。」
嫌な夢だった、また子供の頃の記憶に関してのだ。

『やっぱり・・・なのね』

しかも、あの電話がかかってきてからだ。
何だったのだろう、あの電話は。
何故、自身の名前を知っていたのか。
そして、なんであの声に懐かしさを感じたのだろうか。
「知らない筈・・・なのにな」
もやもやとはっきりしない気持ちを引きずったまま、は支度を始めた。

「おはよう、ママさん・・・」
一階への階段を下りると「馬の耳」のママが朝食の準備をしていた。
「あら、おはよう。・・・って元気なさそうねぇ」
「・・・低血圧なんですよ」
「あらそう、嘘ついても無駄よ」
鋭い声でそう言うと「馬の耳」のママは自らの食器を片付け始める。
ははぁ、とため息をついた後コップに入った麦茶に口をつけた。
「そうそう、昨日あんたに電話来てたわよ」
「え?」
「あんたが早々寝ちゃった後だったけどねぇ・・・あたしも店の用があったから出られなかったんだけど」
留守電聞いたら女の声だったのよねぇ・・・
呟くようにママは皿洗いをしながら言う。
また電話か・・・勘弁してくれ・・・
はがっくりと肩を落とした。




P.03  顔と性格は案外似つかない場合が多い




「眠い・・・」
数時間後、は既に登校し教室内にいた。
そんなに眠くなかったんだけど・・・
急に襲ってきた眠気に気のせいかな・・・と呟いた後、はふわぁ・・と欠伸を零す。
すると、

「こぉるぅあああああああああああああ!!」

ビクッ!?
隣の教室からと思われる怒鳴り声に眠気は完全に吹っ飛んだ。


「このクソガキどもぉ!人がご親切に自己紹介してやってんのに
ベチャベチャベチャベチャ喋りやがって!・・・てめぇらそれでも高校生かコラァ!!」



・・・うわ、何この光景。
そこには教卓の後ろに立ち、怒声をあげている教員?と思われる女性がいた。

何故疑問符をつけたのか、それは彼女の背・そして顔立ちがとても大人の女性だと断定できなかったからである。
はっきり言うと彼女は背が低く童顔、まるで同い年かそれ以下にしか見えなかったのだ。

だがそんな容姿とは打って変わり、口調や態度はどことなく乱暴であるが。

クラス内の様子は騒然としているが生徒の殆ど、特に男子大半が舐めきった態度をしていた。
確か隣のクラスこと1-2はかなり不良生徒が多く、年々辞めていく教師が多いという噂をは耳にしている。

「そりゃ今のご時勢、教師には向かう生徒が多いって聞くけどさ。
そんなのあたしは許さない、そんなヘタレみたいなアホ教師に成り下がるつもりもないから!」

言動はところどころ乱暴だが、彼女の言葉には妙な説得力があった。

「・・・で、自己紹介に戻るけど。
あたしは赤梨、年は秘密。嫌いなものは人の話を聞かないようなクズでカスな奴。
今度からその舐めきった態度直さないと問答無用でぶっとばしますんで、どうぞよろしくww」


・・・やばい、この人性格が平和じゃねぇ!!


恐い台詞を笑顔で言い放つ赤梨には軽い戦慄を覚えた。
すると、赤梨はドアのほうへと歩いてくる。
・・・まずっ!
そう思ったのも束の間、

ガララッ

「「あ」」

この状況がいいものだったら「ハッピーアイスクリーム☆」とでも言えただろうか。

赤梨はこちらを見たまま動かない。
それは当たり前だろうな、とは思った。
今現在、自分の状況はドア付近にしゃがみ小さい隙間から教室を覗いている状態である。
正直言えばは初対面・・・かもしれない相手、しかも赤梨の逆鱗には触れたくなかった。

ど、どうしよ・・・。

判断に困っていると、赤梨が静かに口を開く。
「・・・?」
「え?」
「あなた・・・?」
「・・・え、うぉあ!?」
すると、赤梨が倒れるように覆いかぶさってきたと思うとぎゅっと抱きしめられた。
「な、ななな・・・!?」
「・・・本当に?」
「は、ははははい!!」
「顔かたち、それに声も・・・何も変わってないわね・・・よかった。
本当にあたしの妹なのね・・・。」

・・・は・・・え?

状況の全く読めないは驚くことしか出来なかった。

「で?どういうことなの、それ」
スパー・・・と「馬の耳」のママは紫煙を吐き出した。
その視線の先には制服姿のとスーツのままの姉・赤梨がいた。

「いやその・・・突然変異で」

突然変異って何だあぁああ! 状況をより分かりづらくしてんじゃないわよ!!」
「いや・・・何と言うか、その・・・」
「・・・ダメだわ、気が動転しすぎてまともな答えが期待できない。、あんたは先部屋帰ってなさい」
そう言っての背中を押す。
が階段を上がったのを見計らって「で、あんたは何なのよ?」とママは赤梨に視線を移した。

「あたしはこの子の姉・赤梨です」
「姉?・・・あたしはしか知らないけど」
「この子が生まれる前にあたしは教員免許を取る為に家を出たんです」
「ふぅん・・・」
赤梨の答えにママはフー・・・と紫煙を吐く。
「で、この子に会う為にここまで来たってわけ?」
「そうです」
「結構虫が良すぎるんじゃないの?あの子が今までどんな経験をしてきたか知らないのに」
それに赤梨はぐっと唇をかみ締める。
「・・・分かってます、あの子がどんなに寂しい思いをしてきたかなんて。
だから、あたしは会いに来たんです。」
「・・・そう」
ママの吐き出した紫煙は静かに天井へと昇る。

「・・・まぁ、いいわ。あんたがあの子の姉だって事は分かったから」
「・・・え?」
「あの子に姉妹がいたなんて知らなかったから、少し疑ってたのよ。」
そう言ってママは短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「まぁ、姉にも見えなかったから尚更だけど」
「・・・人のコンプレックスを軽々しく言わないで下さい」
「あんたの存在のおかげで、あの子ももう少し成長するわよ」



「はい、これから1-1の担任になりました。
の姉・赤梨です」
「そう言うの軽々しく公言するのやめようよ姉さん!!」